「荒岡眼鏡」三代目・荒岡俊行と考える眼鏡の歴史と未来。— 後編 —

 「荒岡眼鏡」三代目・荒岡俊行と考える眼鏡の歴史と未来。— 後編 —



「sost.」のオーナーであり、「kearny」のデザイナーの熊谷富士喜と眼鏡業界をリードするアイウエア専門店「blinc(ブリンク)」代表の荒岡俊行さんによる対談コンテンツ。今回は、眼鏡の未来や荒岡さんの考える「kearny」の魅力など、ここだけの話を対談形式でお届けします。



熊谷 以前、眼鏡のために作られた素材がないというお話をしたことがありましたよね。セルロイドやレンズなど他の用途から転用されたものの集合体なわけで、眼鏡のためだけに考えられた素材が生まれてやっと未来のターンの話ができるのかなと個人的に思っていたりします。でも、生産していても、デザインしていてもそんな話は全然聞こえてこなくって、逆に誰がそこまで眼鏡に愛を持って動いてくれるのかなとか、今後国が動いてくれることはあるのかなとかときどき考えてしまいます。


荒岡 そうなんですよね。それこそ大手の素材メーカーとかが毎年すごい開発をしていると思うし、何かしら眼鏡に応用できるものがあるんじゃないかなとも考えるのですが、膨大な発明のなかから眼鏡に合うものを選ぶ人がそもそもいない。また、それを選んだところで作るとなると設備を一から整えないといけないんですよね。


熊谷 そうなんですよ。素材しかり作り方しかりある種出きってしまっている部分もある気がしますし。


荒岡 そう考えると、80年代にデンマークの「LINDBERG(リンドバーグ)」が開発した眼鏡は本当にすごいことだと思います。未だにあのかけ心地を超えられる眼鏡って存在しないと思うし。


熊谷 すごいですよね。作る側になった今でも意味がわからないです。


荒岡 イタリアやフランスに予算や生産力で勝てないからこそ、今ある環境を生かしてメガネ作りをするうえで、まず彼らが考えたのは眼鏡にとって何が必要かということ。その結果、眼鏡をかけていない状態を再現することが究極なのではと、余分なパーツを極力使わずにふわっとしたかけ心地を追及したと言われています。このような先人たちの功績を考えると、そういうチャレンジを今熊谷さんとかがやったら面白いと思うんですよね。


熊谷 急にハードルが上がりましたね(笑)。





荒岡 でも、そこはもう熊谷さんくらいしかいないんじゃないかなって思うんですよね。今の眼鏡に何が必要なのか真剣に考えている人って。


熊谷 いつも眼鏡を軸に何かを考えてはいるのですが、なかなか難しいですよね。工場さんとのお付き合いが増えていくなかで、いろいろな技術を見る機会が増えたり、こういう機械を使っているんだとか勉強になることは多いんですけど、いざそれを使って眼鏡を作るかというと気分やデザイン次第のところが多いので、実際にどうやって応用するかというところまではなかなか想像ができないのが正直なところです。ただ、フランスやイタリアの工場の作り方とかまだまだ知らないこともたくさんあるので、世界ではどういうふうに作られているのかはすごく気になります。ドイツはとくに独特で、日本よりも企業のなかでできることを増やしている印象があるので、そういった発見から新しい発想が生まれたら嬉しいですよね。もちろん、できることなら「LINDBERG」のような視点からも作ってみたいですが。


荒岡 今ある当たり前を否定して考えるモノ作りは面白そうですよね。ただ、日本で眼鏡を作る環境というのにも限界があったりしますよね。頼んでから出来上がるまで1年くらいかかったり普通にしますもんね。



— それは職人不足というところに原因があるのでしょうか?


荒岡 そうですね。需要と供給のバランスが取れていなかったり、そのような環境下で作ることが難しいオーダーに対応して時間がかかってしまったり……。この状況がいつまで続くのかなって不安になります。日本では今でも分業制が基本で、パーツや工程ごとに担当者が決まるんです。だから、磨く人はとにかく磨き続けて、何年経っても眼鏡一本一人で作れない。一方、イギリスではフレームメーカーと呼ばれる職人が一人で一つの眼鏡を仕上げるというスタイルが定着しているので、若い人にもしっかりと眼鏡作りが受け継がれている印象があります。


熊谷 「kearny」が取引している日本の工場でも、ローテーション制で部署を定期的に変えるというところはあります。でも、そういった運用ができるのは大きいところくらいで、日本はまだまだ小さな工場さんが多いのでがらりと変えていくには課題が多く感じますね。


荒岡 やっぱりこのままだと若い子も憧れないし、業界に入ってきてくれる子は減っていく一方ですよね。そんな簡単な話じゃないとは思いつつ、なんとかしないと眼鏡業界が盛り上がっていかないのかなって。


熊谷 今後の眼鏡業界というところで、僕のなかで一つキーワードとして持っているのが“Made in Tokyo”の復活。昔は東京にも工場があって沢山眼鏡を作っていたけれど、産業廃棄物の処理にお金がかかるとかいろいろな問題があって今ではほとんどなくなってしまいましたよね。今は若い人たちが眼鏡を作りたいと思ったら、福井やイギリスとか海外まで行かないといけないので、すごくハードルが高くなってしまうと思っていて。やっぱり、東京で眼鏡を作れるってすごく未来が広がると思うし、業界が盛り上がる足がかりになると思うんですよね。一人だとやっぱり無理なので、今ある工場さんとかチームでやらないと実現できないとは思いますが。それこそ「blinc」では、眼鏡を削るイギリス製の機械が日本で最初に導入されたとか……?


荒岡 そうなんです。この間届いて、まだ使い方が分からないのでまずは習得しないとですが。


熊谷 でも、それが普及すれば東京で眼鏡を作るというのもリアルに想像できるようになりますよね。


荒岡 本当は最初から最後まで作れるようになりたいですが、そこまで到達するのに膨大な時間がかかると思うので、まずはフロントだけでも自分たちで削って、他の部分は福井の方たちに助けてもらいながら徐々に移行していければいいのかななんて思っています。あとは、ただ作るだけでなく若い人たちにもっと興味を持ってもらいたいと思っていて、例えば熊谷さんが眼鏡を作りにきたときに眼鏡業界に興味のある若い子たちにも声をかけて、機械を囲んで話を聞いたりといった土壌作りにも繋がったらいいなと思っています。


熊谷 荒岡さんは僕が考えていたことをすでに行動に移されていて、本当にすごいです。なにかしらの形でお手伝いができたら嬉しいですね。最後に聞いてみたいことがあるのですが、「kearny」このままで大丈夫ですかね?(笑)


荒岡 数年前に熊谷さんから鋲をどこに打つかでとても悩んだと聞いたのですが、そういった細かいディテールに葛藤されるところがいいですよね。自分と戦っている感があって。言わなければ気がつかないところに、ちょっとした違和感を感じる。そういうところが「kearny」のコレクションにも表れていると思います。

熊谷 おかげさまで鋲がすごいことになってしまって。結果的に横に打っちゃいました。




— 横から打つというのは、作業的にも難しいのでしょうか?


熊谷 鋲自体は眼鏡に当たり前についているものなので、ほとんどの人はとくに気に留めないパーツだと思うのですが、本来はカシメを留めるために打つのが一般的なんです。だけど、うちのはなにも留めていないただの飾り。「kearny」と分かるポイントを入れようと考えたときに、ロゴを外側に入れるのはあまり好きじゃなくって、思いついたときは「これだ!」とテンションが上がってしまいました。


荒岡 確か、つけてからも悩んでいましたよね?やっぱりない方がいいんじゃないかとか。鋲を打つことに対して、賛否が分かれることを理解してもがき続けていることがすごいです。


熊谷 座彫してから打っているのでコストも上がっちゃって、結構悩みました。でも、それ以上にデザインの持っていき方みたいなところで、調べた限りでは今までやってきた人はいなかったので、誰もやってこなかったことを自分がやれたというのは嬉しかったですね。


荒岡 こういうちょっとした違和感を出すのってすごく大事だと思います。こういうポイントがあると、何気ないけど目に留まって、ふと考えるきっかけになりますよね。


熊谷 ありがとうございます。今日久しぶりに荒岡さんとお話しさせていただいて、未来のために何ができるかということをすごく考えていらっしゃるんだなと改めて感じて、自分ももっと未来に向けてやっていかないといけないなと思いました。やっぱりこの業界をなくしたくないですからね。


荒岡 僕も熊谷さんが今後の眼鏡のことをこんなにも考えてくれていたのかと改めて感じることができました。共感できるポイントも多かったですし、業界を見渡してもここまで考えていらっしゃる人ってあまりいないので、少ない人たちで協力してやっていくしかないですよね。


熊谷 そこは本当に少なく感じます。


荒岡 次はもっとフレームじゃない話もしたいですね。やっぱり眼鏡飲み会しないとかな。そういう場では意見の対立とかあってもいいと思うんですよね。「俺はこう思う!」とか胸ぐら掴みあったり。なんか熱く語ることがかっこ悪い風潮があるから、そこはちょっと変えていきたいですよね。


熊谷 やりますか、眼鏡飲み会。でも僕は多分一人も呼べないかも(笑)。


荒岡 そのときは僕が声をかけますね。





「blinc」owner:荒岡俊行

http://blinc.co.jp/



写真:田代純一


文:市谷未希子



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