「sost. jiyugaoka」にまつわる想いのあれこれ。
「sost. jiyugaoka」にまつわる想いのあれこれ。
先日オープンした「sost. jiyugaoka」。神宮前に1号店をオープンしてから4年弱、自由が丘という土地に新たな拠点を作ったのにはどのような経緯があったのでしょうか。今回は「sost.」のオーナー兼「kearny」デザイナーの熊谷富士喜に、店舗を増やすということの意義や眼鏡業界のこれからのためにできることについて、いまの想いを聞きました。
— 2店舗目を出すことはいつ頃から考えていましたか?
実は、原宿に店を出したときから多店舗展開を前提に考えていました。
— ブランドの規模を考えるととてもチャレンジングな展望だと思うのですが、なぜ必然性を感じていたのでしょうか?
2013年から「kearny」を始めて、12年。その間にコロナなどいろんなことが起きて、眼鏡業界も自分の考えも変化しました。最初はただ自分が欲しい眼鏡を作ろうという気持ちでブランドを始めたけれど、作れば作るほど関わる人や工場が増えて、有難いことに使っていただく方も増えて、そしたらいつしか最初の頃にご一緒していた職人さんが他界されたり、廃業したりと、生産環境が目まぐるしく変わっていったんですよね。
— 眼鏡作りのコストや生産システムも変わっていったんですか?
僕がブランドを始めたばかりの頃は、優しい職人さんだとミニマムで100本〜作ってくれるところもあったんですけど、だんだんと150本、200本〜とミニマムの数が増えて、完全オリジナルでパーツから作るとなると1,000本以上作らないとコストが合わなかったりと当時のようにこじんまりとやれない業種になってきていると感じます。実際にこれまで年に12型新作を作ってきて、定番としてはおよそ30型前後をストックしてるんですけど、このラインナップを維持し続けることが、ものすごく勇気のいる環境になってしまったと痛感しています。
— ブランドの規模に対して、発注数が桁違いですね。
例えば、新しいブランドが毎年1型ずつ売り切りで作っていくとかであればできるとは思う。ただ、パーツ作りからこだわって作るとなったら、1,000本とかで作らないととんでもない値段の眼鏡ができあがっちゃうわけで、定番モデルを残しながら、新しいデザインを作ってブランドの個性を発信し続けるとなると、1店舗では到底不可能だと思います。
— 関わる工場や職人さんが増える分、分業のバランスもありそうですよね。
型によって工場や職人さんも変わりますが、リピートが集中するとその工場だけが忙しくなってしまってパンクさせてしまう可能性もあるし、反対に暇になると廃業してしまうところが出てくる可能性もある。眼鏡作りを続けていくためにも工場全体のバランスも意識しながら生産管理をしています。
— 卸しを増やすということでは、解決できないのでしょうか?
僕もバイヤーをやっているのでバイヤーさんの気持ちは理解している方だと思うのですが、最近のセレクトショップは、どうしても人気品番にオーダーが偏る傾向があって、そういったモデルがあるのはありがたいことだし、嬉しいけど、みんなが同じものを欲しいってなるとブランドを続けていくことがすごく難しいというのが実情なんです。
— かなり説得力がありますね。2号店の場所に自由が丘を選んだのはなぜですか?
当初は、銀座や日比谷、丸の内エリアで探していました。でも、なかなか自分が理想とするサイズ感や値段の物件に出会えなくて。南青山にいいなと思える物件もあったのですが、タイミングが合わず...。振り出しに戻って他のエリアについて考えたときに、妻がいきなり「自由が丘とかいいんじゃない?」って言ってくれて。確か、『アド街ック天国』で自由が丘が特集されていたんです。
— (笑)。思いがけない日常から浮かんできたんですね。
実は僕自身、生まれも育ちも東横線で、大学も自由が丘なんですよ。だからか、ずっと身近な場所ではあるんだけど、自分が商売をするイメージが全然なかった。でも、改めてその視点で街を見るようになって、色々と調べてみたら楽しそうと思えるようになっていって。
— 今までとは違った街の魅力や可能性を感じられたのですか?
例えば、自由が丘では年に1度「女神まつり」という大きな祭りがあって、そこには僕の友人たちも多く参加しているんです。知り合いのミュージシャンが駅前でライブをやったりして、毎年すごく盛り上がるイベントで、それを一緒にブッキングしようよって声をかけてくれたりして。大人になって友達が増えたからこそ、その輪を広げていくようなことができるんじゃないかなって思いました。自分の存在意義を見出せるというか、挑戦したいと思える街がここだったんです。
— 駅からの距離感もちょうどいいですよね。駅近なのに、住宅街なので静かな雰囲気で。
自然はあまりないけれど、目の前のお庭がきれいに手入れされていたりして、気持ちいいんですよね。
— 神宮前の目の前には穏田神社があったり、毎回ロケーションとしての気がいいですよね。
九品仏も近いですしね。ここの工事中に何回か散歩しに行ったけど、すごく良かったですよ。もみじが有名なお寺でおすすめです。
— 店内は什器も印象的ですが、今回はどなたが携わっていらっしゃるんですか?
鹿児島在住の松田 創意さんという方に作ってもらいました。1人でプロダクトから家具まで作れて、木工も金物も扱える。本当に作るのは器用な方なんです。
— 知り合った経緯についても教えてください。
祐天寺の「feets」で、鹿児島の「ONE KILN」というセラミックのブランドを扱っていて、代表の城戸さんから紹介してもらいました。うちで販売していたコーヒードリッパーのスタンドを作っていたのが創意さん。実際に工房にもお邪魔させてもらったんですけど、小さなスタンドを作っている方ということでこじんまりとした感じをイメージしていたら、体育館くらいある大きな工房に案内されて、家具全般から内装デザインまで全部できることを知って驚きました。
— 今回はどのようにオーダーされたんですか?
6年くらい前に、創意さんが手がけた農業用のパイプ(ビニールハウスの骨組みで使われたもの)を加工した棚を見せてもらったことがあって。僕自身が都会育ちなので、農具というものには馴染みがなかったのですが、そこから作る什器というのがすごく面白いし、美しいなと思って記憶に残っていました。そのとき見せてもらったのはアルミで作られていたんですけど、今回は眼鏡で使う素材で作ってもらいたくて、棚板とキャビネットはステンレスでオーダーしました。
— 農具から生まれた什器というのは斬新ですね。
農業ってその土地に根付くであったり、その土地から芽が出て、出荷して、いろんな人に届くというイメージがあるから、「kearny」もこの土地に根づいて、ここからまたいろんなところに出ていってほしいっていう意味合いも込めています。
— この場所が決まったときには什器のイメージが先行していたんですか?
かなり早い段階で決めていました。棚のほかにも椅子や床のグリッドもステンレスで作ってもらって。内装をお願いした「Owltec」の結城さんと途中から、「実験室みたいにしようよ」というワードも生まれて、入り口をガラスで覆って、アコーディオンカーテンとかつけていきました。
— ステンレスから始まり、こういうムードが生まれたんですね。木製の什器が入ることで冷たすぎず、絶妙なバランスに仕上がっていますよね。
本当は鏡とかも全部ステンレスにしようかなとも思ったんですけど、さすがに僕らも緊張しちゃうかもと思って。実際話すとこういう感じだし、ギャップが大きすぎるかなって(笑)。「steef」から持ってきた什器は木が多かったので、結果的にちょうどいい塩梅になりました。あとは、ちょうどオープン前にドイツで展示会があって、そこに向けていろいろと調べていたからか、どんどんドイツっぽい要素も入ってきた気がしますね。
— このインダストリアルな感じはそこから?
そうそう。施工中に並行していたので、だいぶ引っ張られてると思います。そういう感じも人間味あっていいかなと。
— ライブ感というか、そのときどきの富士喜さんの思考がこうやって空間に落とし込まれているんですね。
確かに、アメリカに行ってた時は結構ウッディーなのとかシャビーな感じが好きだったしね。今は全然行けてないから、そういうムードじゃないんですよね。
— ギャラリーやコーヒースタンドとしても使えたりと、いろいろな掛け合わせを試せる空間になっています。それは最初から考えていたのですか?
そうですね。最近では視力の測定や似合う眼鏡の提案もAIの技術でできるようになってきて、すでに導入しているところもあるなかで、人間として眼鏡屋をやるにはどうしたらいいのかというのがずっと頭にあって。幸い僕は古着屋やセレクトショップ、ギャラリーを経営したり、コーヒーを始めてみたりといろんなことに手を出しているから、それらを眼鏡を見てもらうきっかけにできたらいいのかなと思ったんです。
— 眼鏡屋だけではない付加価値をつけようと?
眼鏡だけの場所だと眼鏡を探している人しか来ないけれど、ギャラリー機能があることでアーティストさんを通して「kearny」や「sost.」を知ってくれるということもある。そうやって人と人との繋がりを大切にしないと、今後の眼鏡屋は苦しくなるだろうなと店をやる前から思っていました。本当は神宮前のお店でもやりたかったんですけど、スペース的に難しかったので2店舗目はもう少しいろんな人と関われるようなサイズと場所というのは念頭にありました。
— 入り口は広い方がいいですよね。
昨年はビールを作ったのですが、「このビールは何?」というところから入って、「kearny」を知ってくれる人もいて、それが嬉しかったんです。もちろん「kearny」を目掛けて来てくれる人もすごく嬉しいけれど、正直なんでも嬉しいです。「kearny」はもう眼鏡だけじゃないってずっと思っているので、それをここで挑戦したいなって思っています。
— 富士喜さんにとって「kearny」は、眼鏡ブランドという枠には収まっていないんですね。
外れたいというか、最初から自分の中では外れてますね。
— 一つのカテゴリに縛りたくないという意識は、「kearny」立ち上げ当初からですか?
そもそも眼鏡だけだったら多分僕はもう飽きてると思うし、辞めてるかもしれません。ただ眼鏡を作って売るだけじゃなくって、どう楽しんでもらうかということをすごく意識しているから、ビールやコーヒーのように眼鏡とは一見関係のないところから関わっていくのが好きなんですよね。この店は一角をお土産コーナーとして使おうと思っていて、「sost.」キャップを作ってみたり、スーベニア的な眼鏡以外のアイテムもちょっとずつ増やしていきたいと思ってます。
— あえて眼鏡だけに縛らないことがこの空間のあり方であり、「kearny」というブランドの軸として一貫しているんですね。
多面的というのは全てにつながっているかもしれないですね。僕自身の肩書も会う人によってちょっとずつ変わるし。古着屋であり、セレクトショップのオーナーであり、ギャラリーの人というのも合ってる。眼鏡は今もこれからも大好きだから、ずっと長く続けるためにいろんなことをやる必要があってできたのがこのお店って感じですかね。
— 眼鏡作りにおいても視点が変わりそうですよね。
確かに。最近はレンズを入れないという人も多いので、もはや眼鏡の形をしていたら最初からレンズありきで考えなくてもいいのかなと思い始めちゃったりしてます。眼鏡っぽいものでいいというか。
— というと?
レンズの溝を作る技術がすごく大変だったり、機械が高価だったりするので、そこを取っ払ったらもっと自由になるなって。普通なら度を入れた状態での見え方を考えて設計をするけど、もっとシンプルに丸2つにブリッジが耳にかかればいいみたいな、時にはオブジェ的なものでもいいのかなって思うんですよね。
— アクセサリーとしての眼鏡ですね。
今の若い子ってそんな感覚を持っている気がするんですよね。若い世代の柔軟な感覚にこっちもアジャストしたいし、そういうことを考えるのも楽しい。「それでいいんだ」を広めたいなって思います。
— 冒頭にお話されていた、眼鏡作りの課題に囚われて諦めていく人たちも多いなかで...。
そうそう。そもそもレンズないし、入れられないけど眼鏡は眼鏡ですって言い切るような新しいもの。全然ありだと思うんですよね。何事も固定概念には縛られたくないという部分をずっと持っているので、そういうのもやっていきたいですね。
kearny designer : 熊谷 富士喜
sost.jiyugaoka instagram : https://www.instagram.com/sost_jiyugaoka/
写真 : 香川賢志
文 : 市谷未希子
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