メガネ屋と建築のはなし。 —後編—




前回は「kearny」の直営店を作るうえでの大事にしたいことや、現在の「sost.」のデザインが決まるまでの波乱万丈のプロセスについてお伺いしましたが、続きとなる後編では、語りきれなかったこだわりポイントやこれからの「sost.」について話していただきました。


前編はこちらからご覧ください。

https://sost-kearny-eyewear.blogspot.com/2021/11/blog-post.html





「石」「機械」…欠かすことのできないキーワード


— では、ここからは事前に富士喜さんに伺っていたいくつかのキーワードについてお伺いしたいのですが、まず「石」というのはどこで使われていたのでしょうか?


熊谷 トイレの中です。


— え!トイレあったんですか?当初の図面にはなかったような…。


熊谷 本当にそれも後からだったんだよね。


菅原 前に入っていたお店ではトイレを入れていなくて、このスペースを物置にしていたんです。でも、実際に物件を開けてみたら排水と給水の設備がちゃんとあったんですよ。


熊谷 展示会をやっているときに、トイレがないことがこんなに辛いんだって身をもって体感ましたね。それで、入り口のデザイン変更と同時進行でトイレもつけてくださいってお願いしました。



— なるほど。トイレの個室には丸っこい石が敷き詰められて、可愛らしい印象に仕上がっていますね。「石」をモチーフにされたのはどうしてですか?


熊谷   次の「kearny」のコレクションが「石」をモチーフにしたメガネを作っていて。それは最初に伝えてあったので、いろんなタイルのサンプルとかを持ってきてもらって一緒に選んで決めました。


菅原   本当にたまたま石をスライスしたようなタイルが建材であったんです。面白いですよねという話をしてスムーズに決まりましたよね。


熊谷 あの石の形でメガネも全然作れちゃうんですよ。レンズの形だから、ほとんど。だから感覚的にトイレに入ったとして、メガネのレンズの形になっているというのが面白いなって思って。


— アーチといい、少しずつメガネを連想させる要素が散りばめられているんですね。では、「機械」というのはどういうポイントでしょうか?


熊谷 それは検査機械のことですね。どうしてもこれらがあるというのは、内装や建築の視点ではマイナスになってしまうと思ったので、入り口から見えないようにとか置く位置というのは全体の設計を考える上で意識してもらいました。



「sost.」ができてからとこれからのこと


— 一つ一つのキーワードにちゃんとさまざまな理由が詰まっていますね。菅原さんがこの一連のプロジェクトのなかで一番大変だったことってどういうところでしたか?


菅原 一連のプロジェクトの中で難しかったのは、形のルールがないというところ。だからこそスタディをしっかり行うようにしました。内装がメインの仕事でこんなにスタディすることはなかなかないと思います。


熊谷 あとはクライアントがめんどくさいってことじゃないかな(笑)。


菅原 逆に富士喜さんは言わない方だと思いますけどね。普通だったらあーしたい、こうしたいというのが多いものなので。


熊谷 こんなに言わないのは僕も初めてだったよ。むしろ菅原さんに任せたいというか、菅原さんだったらどう作るのかなというのを結構楽しみにしていた部分もあって。


菅原 嬉しい反面、ある意味すごい試されているというか、本当にいいのかなという迷いはありましたね。「いいね」とは言ってくれているけど、本当はどう思ってるのかなとか気になっていました(笑)。


— では、実際に出来上がりをみて気に入っているポイントなどはありますか?


熊谷 やっぱり光が綺麗に入る瞬間は、粘ってよかったなって思いますね。あと、すごい普通のことだけど、たまたま通りかかった知り合いが中を覗いて、「ここだったんだ」とか言いながら入ってきてくれることとかがあって。それは、元のデザインだったらなかったのかなとは思います。



ー すでに「kearny」を使っている方達が気軽にこれる場所にしたいとお話がありましたが、実際にオープンして、お客さましかり、人が入ったことで改めて気づいたこととかはありましたか?


熊谷 この夏は緊急事態宣言もあったし、フリーで入ってくるお客さんはほぼいなくて、90%以上の方が「kearny」を知っている方だったり、すでに持っている方。レンズだけ入れにくる人もいれば、調整だけしにきてくれる方もいるので、割と考えていたことがそのまま実現しているかなとは思います。こんなに「kearny」を知ってくれている人がいたんだって思うと感慨深いですよね。


— 看板も出していないですが、「ここkearnyのお店ですか?」みたいなリアクションにはならないですか?


熊谷 意外とならないんですよね。みなさんちゃんと調べて来てくれるみたいで、この外観が目印になっているみたい。


菅原 かろうじてそこにメガネが少し並んでいるから分かるって感じですかね。


熊谷 確かに、それなかったらマジでやばいかもしれない(笑)。


ー うつわ屋なのかチョコレート屋さんなのかってなりますよね。


熊谷 うつわ屋ですよね、この状態は。


菅原 この入り口がアイコニックになってくれたから目印になったという感じかもしれませんね。ただのガラス張りだったらもっと分かりにくかったかもしれない。


熊谷 そうだね、やっぱりギリギリまで粘ったかいがあったというか、その僕のわがままに完璧に応えてもらったからこそだなって思いますね。


ー 菅原さんは出来上がっての感想はいかがですか?


菅原 やっと完成して安心してるというところで、人が来てくれているということも嬉しいし、これからどういうふうになっていくのかなというのは気になりますね。今は寛斎さんの作品が目立つ感じであるけど、これらが旅立っていけばまた違うものが並んでゆくだろうし、店内の什器の置き方を変えれば、また雰囲気も変わるのでそれが楽しみですね。


熊谷 什器の融通が効くので、配置によって印象は大きく変わるかもしれないね。そのままくっつけることもできるし、上に重ねることもできるので、色々試してみるのも楽しいです。全然違う空間に感じられるので、働いている側も気分転換ができて楽しいと思う。それってお客様にも感じてもらえるところだと思うから、本当に固定しなくてよかったなって感じています。



ー このお店自体も時が経つにつれて味が出る空間というか、そういったこれからの変化も意識されているんですか?


熊谷 一度構えたら、やっぱり10年はその街でやりたいというのが自分の中で勝手にルールみたいのはあったので、最低10年使いたい場所や物というのは結構意識してるかもしれません。RCの建物自体はあまり大きな変化はないかもしれないけど、さっきの什器の左官とか。もちろん削れていく物だから、10年後塗り直ししているのか、このままどんどんボロボロになっても使い続けていくのかとかはまだ考えていないけど、そういった変化が楽しみでもありますね。


ー 確かにそういったところでさらに味が出てくる気がします。最後に締めの言葉をいただけますか?


熊谷 最初の方で話していたみたいに、僕自身は日本のメガネ業界とかに対して意識している部分もあって、そのなかで内装の役割もすごく大きいと思います。どういうふうに今後自分がメガネ業界に貢献できるかとか、どのように自分というものを表現していくかということも含めてのお店であり、内装であり、もちろん商品であり、仲間であると思うので、その中のすごい大きな部分をやっていただいたのが菅原さんだなと思って、すごく感謝しています。



文:市谷未希子

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